猪ノ鼻峠1


 
 猪ノ鼻峠は香川県と徳島県の境に立ちはだかる讃岐山脈に切り開かれた峠である。明治時代、それまで人と牛馬が通るのがやっとだった道を改良したもので、四国新道として知られている。四国新道とは1886(M19)年から1894年にかけて整備された道で、国道32号線と33号線の原型となった道であり、財田出身の一政治家の活躍により切り開かれた道である。1967年に2つのヘアピンと7つのトンネルを含む現道が出来るおよそ70年の間、香川と徳島県西部、また高知県との物流を支えていた。特に明治時代以前に高知から香川へ行く場合、大杉から先は立川を経由し川之江へ出るのが一般的(現在の高知自動車道と同じ)だったからいかにこの道が画期的だったか分かる。
 
まずは香川県側の麓から。
 

 
  2009.10.10


 香川県三豊郡財田町(2006年三豊市になりました)。建設当時は郡区町村編制法の時代でこの辺は財田上村と言った(四国新道の完成は1894年だが道の全てが一斉に完成するわけではないのでこの辺は早くから開通していたと思われる)。
 写真は国道32号が坂を登り始める付近。標識や電光掲示板がごてごてしている所。
   入り口で通行止め予告。800M先で工事中だと・・・。この地図では旧道に市道猪ノ鼻線とかかれている。旧道がそのまま市道に指定されているのだろうか。
   行ける所まで行ってみよう。いい未舗装道が続いている。
   最初だけかいっ! すぐにコンクリート舗装が始まった。
   本日の足。これをお約束にしよう。
   さらに行くとガードレールの支柱が大量に残っていた。しかしガードレールが必要なところとも思えないが・・・。私有地の境界だろうか?
   最初の橋が現れると同時に通行止めのバリケードも現れた。
   橋の名前は馬場橋。昭和42(43?)年1月竣工。おそらく現道開通後に架け替えられたのだろう。
 どうやらR32の改良工事らしい。無関係だと思った32号改良工事だが旧道にまで及ぶものだったとは。
 路盤を掘り起こして暗渠を埋めていた。
 見上げると現32号線。行き交う自動車の音が絶えることなく聞こえてくる。新しく出来るバイパスもこの辺りから分岐するようだ。
 工事現場を過ぎると現国道から道が降りてくる。もちろん後付け。旧道はさらに背後に続く。
 で、途端に狭くなるわけだが
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