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十連線(高知県道椎名室戸線三津坂トンネル旧道)4


説明  時刻は午後3時の少し手前。1時半頃に椎名集落を出発したので、ここまで約1時間半である。現れた切り通しは深く長く、規模の大きい方に入るだろう。大きく右曲線を描いていて出口が見えないので、ことさら大きく見える。
説明  中へ進んでみると、なんかすごい路面がえぐれている。まともに道路として使われていた頃は、勿論こうなっていなかったはずだ。これだと大雨のとき水が溜まってしまい、通行の障害になるだろう。人為的に掘削しないとここまで大きくへこまないだろうし、なんでこうなってんだろ? 石積みの下の平面はもとの路面だろうか?
説明  出口側より。ここだけ見ると、幅の広い森林鉄道のよう。
説明  切り通しを抜けると下り坂になった。結構大きな切り通しだったので、普通の場面じゃないと思ったが、やはりさっきの切り通しが峠だったようだ。
説明  気の所為のレベルではなく、明確に下り坂だとわかる程度の坂になっている。とか言うとすごい急坂があるみたいに聞こえるが、おそらく馬車の通行を考慮して設計していると思われ、ものすごい急坂というわけではない。簡単な検証をしてみると、椎名の旧国道と十連線の分岐から偽峠まで、距離を測ってみると大体2.5キロで、標高差はおよそ110mだった。単純計算で110/2500=44/1000、つまり4.4%(1/23)の勾配である。実際はキリよく4%(1/25勾配)で設計してあるのではないかと思う。
説明  なお、ここもまた自分が思っていた峠の場所とは違った。自分は漠然と、分水嶺=峠と思っていたけど、この峠は分水嶺よりも標高が高いタイプだったらしい。国道33号の三坂峠(三坂道路開通後指定を外れて今は440号)と同じだ。あそこも道路の最高点は分水嶺(藩政期の峠。伊予鉄のドライブインがあった付近)から更に15mくらい高いところにある。ここも、それと同じである。
 ところでこの峠、名称はないのだろうか? "十連線"は路線全体の名称で、峠の名前ではないと思う。歴代の地形図を見ても、〇〇峠とか、〇〇越えといった名称は見当たらなかった。この峠は頂上付近(偽峠の手前から分水嶺にかけて)は高低差が少なく、あまり峠らしい情緒が感じられない。道のりも短く、通過するのに大して時間がかからないし、あえて名前をつけるほどの峠ではないと思われたのだろうか? (と言うか、峠の位置自体が自分が「おそらくここが一番高い」と感じたところを峠認定しているだけだったりするので、偽峠と呼んでいる切り通しの方が高い可能性もあったり)
説明  峠(一応)を越えてからも、手前側と似た雰囲気で、通行に問題はなさそうだ。まあ単に尾根を一つ越えただけなので、ガラッと雰囲気が変わってしまうこともないだろうが。
説明  そして、久々にタイヤの跡が現れた。室津側からここまでは、最低限車の通行できる程度には道の管理がされているっぽい。
説明  コンクリート擁壁が残る。コレはあんまり古っぽく見えない。災害復旧なんかで近年(と言っても数十年くらいスパンがあるだろうけど)施工されたのだろう
説明  ・・・。なんか急にものすごく道が怪しくなってきた。コレは前言撤回か?
説明  また石が並んでいた。これは椎名側で見た"入るな"の印ではなく、水流で削れてしまったのを埋めているだけだろう。轍があるっていうことは、一応はこの道にユーザーが居るってことだし、ボランティアで道普請のようなことをしている人もいるってことだ。
説明  ・・・。問題なさそうと言ったが、前言撤回しておく。通行にはちょっと問題がありそうだ。思い切り脇によればなんとか通れそうだ(實際、轍はギリギリ横を通っている)けど、だいぶ危なっかしいし、普通の感覚なら、諸手を上げて通れるとは言い難い状況だ。
説明  こんな状態にある十連線だが、椎名地区の住民を中心に、再整備してほしいとの要望が上がっているようだ。理由は災害時の迂回路のためである。国道55号線は迂回路がないところが多く、地震やら高潮やらで寸断される可能性が高いため、海岸部地を通らず、山越えで市中心部に出られるルートが欲しいようだ。それはいい考えだと思うが、単に通れるようにするのと、災害に耐えられる道にするのは別の話だろう。現状を見ると、なかなか簡単な話ではないように思う。予算とか手間とか。
説明  そして、またまた大きな切り通しが現れる。こここそが分水嶺で、自分が峠だと思っていたところだ。分水嶺なだけあってか、単純な深さは多分ここが一番深い。ちなみに市町村合併前は、室戸町と津呂村(後の室戸岬町)の行政境だった。
説明  切り通しを抜けると開けたところに出た。
説明  そこにはかなりハッキリ轍が残る山道が走っている。左奥から出てくる存在感の薄い道が十連線である。轍のハッキリした道を行くと、室戸スカイラインに出られるようである。というか、先に存在したのはこの道で、スカイラインの方が上書きするように建設されたようである。(ひょっとしたらタダ乗り出来たんじゃなかろうか)。この山道がいつ頃建設されたのかは不明だが、戦後すぐの米軍の空中写真には写っておらず、昭和40年代の写真には写っている。終点には、正体は不明だが、コンクリート建屋らしきものが写っている。そこは後に、全国的にも有名になる廃墟、スカイレストニューむろとが建設される場所である。
説明  そして十連線はユルユルと坂を下っていく。ここまでハッキリ轍があるなら、この先は大丈夫だろう。
説明  なんか、すごい竹の密生があった。蓬莱竹といって、逆さにした箒みたいにすごく密集して生えるそうな。目立つので昔は目印代わりに植えられることが多かったらしいが、コレもなにかの目印だったりするのだろうか。
説明  未舗装ながらも現役っぽい雰囲気を醸していたが、またも路体の欠損が現れた。大丈夫じゃなかった。
説明  一応枕木やら木の棒やらで路肩を守ろうとした?ようだが、その内側を水が削りつつある。轍はそこを避けて通っている。整備するなら早くせんと、ますますお金がかかりそうだ。まあ、探索が22年末なので、26年現在はどうなってるのか知らんけど。
説明  暫く下ると道端にスーパーハウスが現れ、そこからフェンスで閉ざされた道が分かれていた。その怪しい雰囲気に、「反◯のアジトか?」と思ってしまったが、市が管理する埋立地であった。
説明  埋立地以降道路の舗装が復活する。これまでも所々舗装は残っていたが、傷み切って事実上未舗装と化していので、それより断然まともである。流石に、ここから先は現役と呼べる道なようだ。事実上の十連線の制覇である。
説明  更に下っていくと、きれいな建物が現れる。市の火葬場である。2018年に建て替えられたばかりだそうで、ピカピカの建物だった。
説明  火葬場から先は日常的に使われている、”現役中の現役”の道であり、道幅は倍近く広くなり、舗装もピカピカになる。
説明  下っていくと橋があった。峠の手前にあったみたいな高欄のないRC橋だ。
説明  橋台は森林鉄道みたいな石積だった。もちろん幅は林鉄の比でないくらい広いが。これは開通当初からのものだろうか? 違ったとしても、相当に古いものではあるだろう。よく見ると、竪壁の内寄りがコンクリートで固められている。それは後年の改良だろう。
説明  それから程なく、麓まで下り切り、山に沿って曲がりくねっていた道路が、きれいなストレートになる。
説明  直線の正面には大きな建物がある。室戸高校である。椎名方面の生徒は、トンネルができるまで十連線を越えて通っていた。
説明  ホームセンターの前で県道に合流。
説明  帰路はまた峠越えをするのはダルいので県道を帰る。そのために、火葬場を過ぎたところに、あらかじめ折りたたみ自転車をデポしておいた。写真は三津坂トンネルである。ちなみにトンネル開通後もしばらく、前後の道が未改良で狭かったので、朝夕は道路が詰まってしまうことも多々あったらしい。そのため、トンネル開通後程なく、大型車は朝夕の時間帯は通行止めになったそうだ。県道が拡幅されてからこの規制は解除された。ちなみに、トンネル名になっている三津坂は、このトンネルのすぐ南の鞍部を通る古道のことであり、十連線の峠の名前ではない。
説明  おまけ。室戸ぬこ。

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