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十連線(高知県道椎名室戸線三津坂トンネル旧道)3


説明  やがて、道路の周囲の景色が少し変化し、地形がややゆったりしてきた印象を受ける。これは実際、気の所為ではなく、地形図を見ると、これまでは海岸に沿うように徐々に標高を上げてきたが、ここからは進路を西向きに変え、内陸方向に向かっている。標高を上げるフェーズが終わり、鞍部の峠へ向かう局面入ったということだ。
説明  こんな感じで、急な傾斜地から緩い丘陵地ような地形に変わった。
説明  道路側に張り出すように樹木が生えている。よほど車格の大きな車でない限り、通れないという程でもないが、邪魔といえば邪魔だ。どのくらいの期間、普請されていないのだろう。
説明  この付近は道幅もゆったりしている。昭和中期(この道が現役だった頃まで)の自動車は車格が小さいので、乗用車同士なら楽々すれ違えるだろう。一方が乗用車なら、相手がトラックでも、さほど労せず離合できそうだ。
説明  再び狭くなってゆく十連線。さっきの場所は少し延長が長い退避場所だったのかもしれない。
説明  久しぶりにガードレールが現れた。古めの旧道によくあるような、四角かったり一回り細い支柱ではなく、現代のガードレールと同じもののようだ。しかも全然錆びていないのに少し驚いた。比較的最近に新設、もしくは更新が行われたということであり、今でも曲がりなりにも管理の手が及んでいるということだ。手前が藪化していたのとは全く対照的である。ここが今でも公道であると確信したのは探索後のことであり、こういった現役感のあるものが現れるとは予想していなかったので、少しチグハグに感じる。(ていうか、手が入っているということは、廃道になっていないってことぢゃん!)
説明  橋が架かっている。
説明  橋といっても親柱も高欄もない無骨な橋だ。当然、明治期のものではなく、ずっと後年に改修されたのだろう。
説明  橋台は石積だったので、そこだけは古いものかもしれない。
説明  地形の緩みとは対照的に、道は若干荒廃を増しているようだ。橋を過ぎたあたりで、倒木か張り出した枝か忘れたが、目線の高さにある障害物が通行を妨げていた。こうした峠道には、チェーンソー持参でボランティアあそびばをひろげる活動に勤しむ四駆乗りがつきものだ。ここもかつては、林道愛好家が維持活動を行っていたという話を聞いたが、現状を見るに、久しく訪れていないらしい。
説明  なんか標柱のようなものを発見。
説明  しかし、何も文字が書かれていない。謎だ。
説明  なおそこから山道が別れていた。何かしらの道標だったのかもしれない。
説明  引き続き、ガードレールの道をゆく。
説明  再び道が広がる。
説明  何故かガードレールの支柱が大量にまとめられていた。ひん曲がったガードレールも見える。土砂崩れでもあったんかな。
説明  その先で道は二手に分かれていた。右奥には切り通しがあり、そこへ進むのが十連線である。一方切り通しの手前にも道がある。この分岐は地形図になく、外部に繋がる道でもあるのかと、少し興味を惹かれたので寄り道してみることに。
説明  しかし、な~んてことはなく、大して奥行きもなくすぐに行き止まっていた。
説明  片隅では一台の自動車が崩壊していた。停めてたところに倒木でも当たったのか、大きくひしゃげている。
説明  今では鬱蒼と森に還っているが、昭和50年代は結構開けていたようだ。 それより古い写真には、斜面一面に段々畑が広がっている様子も写っている。
説明  切り通しを抜けたら下り坂になっていた。一瞬「峠についたのか?」と思ったが、地形図を見るとまだ想定していた峠の手前であった。偽峠だ、コレ。
説明  切り通しを振り返って。
説明  緩やかに坂を下ると谷に出、そこで急曲線を描いている。
説明  石積みが見える。ここは橋ではなく暗渠だったようだ。なんか配列が乱れて隙間が空いているように見える。
説明  ひょっとして、一度崩れたところを修復したんかな。
説明  谷を越えると一転再び登り始める。今度こそ峠に向かうのだろう。
説明  ゆったりと標高を上げていく十連線。
説明  またまた橋があった。
説明  これも欄干のないコンクリート桁橋だった。手前のやつと同時期にできたのかな。
説明  そして、一際長い切り通しが現れた。

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