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佐喜浜林用軌道桑の木谷線跡



説明  佐喜浜林道に1本だけあった(と思われる)のが桑の木谷線である。段地区の東の、北に伸びるれる支流(名称不明)沿いに敷かれていた路線である。延長は1キロ未満しかなく、短時間で調べられるので、段の谷線の末端を調べた日にそのまま立ち寄った。
 探索の都合で佐喜浜→段の谷→桑の木谷となったが、林野庁が公開している路線一覧によれば、佐喜浜線と桑の木谷線の開通は昭和7年で、段の谷線は9年後の16年の開通なので、歴史的にはコッチのほうが先である。なので 古い地形図 には、段の谷線が描かれずに桑の木谷線が描かれているものもある。全線が川の左岸側に敷かれており、廃止後は車道に転換された。しかしその車道も、砂防ダムができて川床が上昇することから、軌道時代の路面よりも大幅に嵩上げされているところもある。しかし、軌道時代の石積みがよく残っている。
 佐喜浜線3のB地点からスタート。
説明 佐喜浜線の方でも触れた通り、桑の木谷線は小尾根を切り通しでショートカットしていた。残念ながらその切り通しは、(多分砂防ダムが作られたときに、川床が上昇し水や土砂が溢れてこないように)埋められている。まあ車道化された時に拡幅されたと思われるので、どのみち軌道時代の面影は失われていたと思うが。車道は現在、切り通しを埋めた壁の上を通るように付け替えられている。
説明 切り通しの正面には林鉄サイズのレールが刺さっている。ガードレール代わりにできるほどの強度があるとは思えない(特にトラック相手だと)ので、単なる目印だろうか。
説明 切り通しを埋める壁の上から佐喜浜線との分岐を見下ろす。
説明 壁の裏に降り、切り通し跡を見る。上記の通り、ダムに溜まった土砂で埋まっていると思われる。しかし、思ったよりも壁の高さがあるので、そんなに深く埋もれてはいないようだ。せいぜい50cmとか1mとか。
説明 終点側を見る。堆積した土砂で埋没している。
説明  少し行くと、ガードロープの残骸が埋まっていた。
説明 程なく、浮上する潜水艦のごとく、土の中から道の形が現れる。先述の通り、車道に転換されているので幅も広い。
説明 路肩の下には石積みが残っている。軌道時代のものか、車道転換されてからのものかはよくわからんケド、ひょっとしたら軌道時代のママなのかもしれない。
説明  暫く行くと、川の外側になって斜面が切り立ってくる。車道(新しい付け替えの方)が食い込んできて、石積みの裏にコンクリート擁壁が入り込んでいる。
説明 そこを過ぎれば地形が緩んできて、軌道側は陸地になっている。
説明  やがて平場が復活。軌道跡と見て良いと思う。イノシシの罠が設置されている。
説明 上を見ると建物があった。SNAKE氏曰く、かつて佐喜浜労務者小屋なる建物があったそうな。これ自体は軌道時代のものではないだろうが、昔から拠点が置かれていた土地のようだ。
説明 振り返って。
説明 そこを過ぎると少し軌道跡(拡幅済み)ぽくなるが・・・
説明 すぐに坂が急になり・・・
説明 上の車道に合流する。もちろんこの部分は軌道跡ではなく、後年作り変えられたのだろう。
説明 軌道の終点は建物を過ぎて、もう少し北、東に伸びる谷を超えたところだったようだ。
説明  車道の下はすぐに谷で平地はない。軌道を嵩上げしているようだ。もう少し先へ進む。
説明  がしかし、前方に砂防ダムがあるのが見えた。森林鉄道が許容できる勾配からして、あの堰堤を越えていたとは考えづらい。そして相変わらず軌道は道の下に埋まっている。この先軌道の痕跡が再び現れるとは思いにくい。ここで調査を終えることにした。
説明 最終到達点より起点側を見る。

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