旧伊野車庫
土佐電鉄には3ヶ所の車庫がある。東の端にある後免車庫、本社に併設の桟橋車庫。これは修理工場も兼ねており、一番の収容力がある。そして複線区間の西端にある蛍橋車庫である。しかし2000年頃までは、伊野線の終点伊野にも車庫があった。現在は一本だけ線路を残して撤去、舗装されている。パーク&ライドに開放されており、駐車場として使われている。
車庫は伊野電停からすぐ、自動販売機のところから分かれている。伊野電停は複線になっていて機回しができるようになっているが、創立当初の貨物輸送の名残なのかは不明。現在は内側の線路しか使っていないようである。かつては駅で当直も行われていたが、止まって久しいらしい。
本線から分かれるとゆるい坂を登る。民家の先すれすれで非常に生活感あふれる線路である。現役当時はどんな感じだったのだろう。そう言えば、幼い頃にどういう理由かは忘れたが、一度だけ母に連れられここに来たことがある。民家に隣り合っているので立ち入りは制限されていなかった(しようがなかった)と思う。線路がいっぱいあるなーと思ったことと、廃車が一体朽ちていたこと、車輪が一本レールに乗っていたこと、線路を歩かないと着けない所にたくさん家が並んでいるのを不思議に思ったことを覚えている。
ここが車庫本体である。このあたりから分岐器で2本、3本と線路が増えていた。突き当りには4本分の架線柱が残っており、当時の名残を残している。非常時に使うのか、左の線路には未だ架線が張られたままである。レールとアスファルトの間には泥がたまって雑草が生えていたが、フランジの痕があったので、廃止後も何回か電車が入ってきた事があるようだ。2002年にNHK衛星第二で放送された「どーも君号が行く」の撮影もココで行われた。
終点部分の車止め。レールを溶接した味気ないやつである。車止めのマークも無い。

架線を目で追っていると、何やら複雑なものが目に入った。F氏によると、普段はギャップが切られていて、必要なときだけ通電させているはずだという。現役時代からあるのか、駐車場として開放するに当たり設けたのかはわからない。
カーブミラーがやたら置いてある見ていたらポイントを発見。ここで使われていたものだろうか。
以前の様子。朽ちているのは単車の旧300型。足を7型に取られ車体だけ。
「Web@mk」様より。
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