伊尾木林道伊尾木線/別役線跡



 魚梁瀬森林鉄道の重文入りを受け、何かと魚梁瀬への関心が高まったが、魚梁瀬ばかりが森林鉄道ではない。今回紹介するのは魚梁瀬の西隣は安芸市にあった、伊尾木林用軌道である。伊尾木の土場を起点に、ほぼ全線にわたり伊尾木川に沿って走り、徳島県境近くの別役まで結んでいた。安芸市史によれば、伊尾木に最初に軌道が敷かれたのは、明治40年代に杉の瀬と明夜との間が開通したのがはじまりのようだ。大正4年には伊尾木貯木場まで延長され、支線もいくつかあったようだ。当初動力化されておらず、犬にトロを曳かせていた。大正13年に機関車を導入し、トロの曳き上げに使われ始め、昭和5年になると完全に動力化された。戦後、モータリゼーションを迎え、各地で軌道の廃止が進み、伊尾木の林用軌道も昭和40年頃に終焉を迎えた。
 

 A
 2010年11月6日。この日、初となる調査を軌道の始点である伊尾木土場から始めた。
 現在でも現役で使われているようで、広場には材木が積み重ねられている。ここから見る限り、レールは残っていないようだ。
 敷地の周りには、柵の代わりに古レールが刺さっている。
 土場を出た軌道はまっすぐ北へ向かい伸びていた。1000が通過中。
 路盤は広い。車道化の際に拡張されたのか、複線だったのか・・・。
 B
 途中で交差するのは土佐くろしお鉄道。当然ながら、軌道が現役時代、この路線はなかった。
 さらに国道55号線と交差する。この道も廃止後作られたバイパスなので、実際に交差していたことはない。
 民家の間を通る。
 途中交差するこの道が元の国道。ついでに言うと、昔は194号線だった。
 やはりこの界隈には製材所が多い。
 C
 製材所を過ぎてすぐ、道は途切れる。昔の空中写真を見ると、昭和50年の時点で築堤と思しき筋が僅かに残るのみで、廃止後早々と区画整理されてしまったらしい。
 D
 豪快に農地を横切っていた軌道は、この付近で県道に合流していたようだ。画面奥が土場方面。
 こちらが進行方向。この道路は軌道が現役だった時代からある。左半分は軌道跡を使って拡幅したものと思われる。
 E
 しばらく一直線に続いているが、やがて左へカーブする。この付近で軌道は、一度道路を横断している。
 いつしか軌道と道路の間には、水路が割って入っている。軌道跡は右の茂みの中。
 F
 この辺りは不鮮明。石積みは軌道由来のものだろうか?
 G
途中脇道へ入ってみた。茂みの中から軌道跡が出てくる。
 その先は築堤になっていた。
 石積み橋台が残る。
 対岸は私有地になっているようなので、高いところから眺めるだけ。

 A
 渡ったところは私有地らしく、侵入するのは抵抗がある。軽トラがとまっているのが路盤だと思うが、はっきりしない。
 道路に少し削られつつも、かろうじてつながっている。
 あまりまともじゃない。県道はこの下をずっと沿って走っている。
 B
 途中、小さな谷をまたぐ築堤が残っていた。
 この向きのほうがわかりやすい?
 築堤を過ぎたところで、道路が横切る。
 C
 暗渠。ピンボケ写真。縮小したら多少まともになったので採用。
 ズザー
 この辺は割とまとも
 謎の石積み。
 D
 おおお。
 架かり放しになっているのが嬉しいね。渡った先が崩落しているのが悲しいけど。
 無理。行けるけど行かない。
 E
 行ったところでこれだから、行かなくて正解。
 この辺りは花という所。この付近から支線が分かれていた。
 そこにあるのがこれ。ネット上で拾った名前は小川川橋梁。結構有名な存在。
 F
 端っこはここ。高架部分はコンクリート。実際に川を渡る部分はガーター橋になっている。
 背後は何かの施設にぶった切られていた。
 コンクリート橋脚に混じって石積み橋脚が使われているのは何でかな?
 G
 これは対岸から。さすがにこの上を渡ると通報されそうなので、普通に道路を使った。
 同地点から進行方向。すぐ先は県道に削り取られている上に、落石防止のネットが張られている。写真にもネットが写っているが、リサイズしたら見えなくなった。
 H
 どういうわけか、この付近だけ拡幅されている。

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