白髪林用軌道6

 とりあえず県道に下りて近づく。またしても新旧の橋が並んでいる。県道のくせに撤去費をケチったか。橋の名前は西谷橋。軌道も多分そうではないだろうか。
 意外と道路からは離れている。そして橋台は民家の庭先にあるようだ。
 何よりこの高さ。
 橋台は案の定民家の庭先にあったが、家主の好意で立ち入ることができた。庭先というか、橋台の上が庭みたいなものだった。
 家主のおばあさんが住み始めたのは廃止後だそうだが、対岸の橋台は(特に大雨でとかではなく)自然に風化して崩れたこと、昔は橋脚も残っていたことを教えてくれた。橋脚については、少し上流に砂防ダムがあるのだが、その建設の際、重機の進入の邪魔になるため爆破解体したのだと言う。昭和63年ごろだそうだ。
 写真中心あたり、木が途切れているあたりから橋桁が伸びていたのだろう。このときは思いつかなかったのだが、もしかしたら谷底に根元が残っているかもしれない。
 先ほどの民家から先はしばらく舗装された車道になっている。
 途中町道と交差する。
 そのまましばらく行くと嵯峨野の集落に出る。比較的大きな集落で、簡易ながら郵便局もある。左側の道が軌道跡。
 これも集落の端まで来ると今まで通りの山道に戻る。
 嵯峨野の集落からはよく人が歩いているらしく、かなりよい状態である。
 コンクリートで作られた手摺つきの橋があり、それなりに大事な道らしい。よく見ると最近電柱を立てたようである。
 それも長くは続かず、下へ降りてしまった。
 分かれ道の近くには碍子のついた木材が落ちていた。あいにく製造年などの刻印がないため素性は不明。
 この谷には、珍しく両側にほぼ完全な橋台が残る。
 そしてこの橋?である。あまり太くない上に表面が腐っているため折れないか心配だった。二本以上の丸太に足をかけそろそろ渡ってきた。
 8トラ?
 この辺は瓜生野と言うようだ。茶畑に変わった軌道。
 瓜生野を過ぎたところにも手すりが設置されているところがあった。だがこの辺はあまり歩く人がいないようだ。。
 瓜生野の次は草原と言う集落である。短い距離の間にいくつかの集落が固まっている。右側は墓地になっている。現役当時からあるのだろうか。夜中に走ることはなかったと思うが、夕方は気味悪かったに違いない。