安居林用軌道安居線5


 A
 対岸へ渡るために谷に降りた。そこは、うまく表現できないが、渓谷らしくていい景色だった。水に削られた滑らかな岩肌が続いている。軌道跡を整備すればいい遊歩道になりそうだ。
 景色はいいが、この斜面を登らないと先へ進まない。幸い、手がかり足がかりが多く、見た目よりは簡単に這い上がることができた。
 橋台の袂へ辿り着いた。小さいコンパクトな橋台だった。
 左岸に渡った軌道跡。想定よりも状態が良かった。
 B
 途中で車道が見えた。四連ヘアピンで稼いだ標高差も、実にあっけなく追いつかれたものだ。あの分岐を左後ろへ登ると樫山という集落へ行く。途中軌道と重なっていた町道はあの道の先だ。また、この真下辺りにうすぎ谷橋があり、滝への登り口もそのすぐ袂にある。
 ノーコメント
 途中、大きく斜面が崩れたところに出た。その落ちてきた土砂の下から、レールが飛び出しているのが見えた。
 継目板が残っている。
 更に背後を見ると、後ろの斜面にもレールが二本飛び出ていた。伊尾木のそれを彷彿とさせる光景だ。土砂を取り除けば現役当時さながらの軌道が出てくるのだろうか。ワクワクするが、発掘は困難である。
 ノーコメント
 途中、水タンクが行く手を遮っていた。
 C
 タンクを過ぎると、間もなく開けた場所に出た。何らかの施設の跡だろうか。
 すぐそばにはトレッキングコースと書かれた立て札があった。一時期軌道跡がトレッキングコースになっていたようだ。
 こんなゆるい看板も。
 広場の下の車道沿いも結構広い空き地になっている。軌道に関係する何らかの施設があったのではないかと推測できる。


※2014年1月現在、前年の台風による路肩の崩壊により、四キロ先の大滝神社入口付近から先の通行が不能になっている。この広場の先ですでに封鎖の措置が取られているので、おとなしく復旧を待つしか無い。
 広場の先は、このように藪化している。正面突破は諦め、高巻きすることにした。
 反対側に来た。藪が濃く、広場まで見通せない。
 そして、そこから先もあまり状態が良いとは言えない。
 雑木をかき分け進んでいくと、いつしか車道と接近しているのに気づく。ここからしばらく行くと、軌道跡は車道に転用されており、今に飲み込まれてしまうはずだ。
 D
 車道から見上げると、このような大規模な石積みが残るところもある。
 車道に重なる直前。浅い切通になっていて、山手には石積みが残る。
 E
 そして間もなく、正面に車道が割って入り、路盤は斜めに消え落ちてしまった。
 ここからおよそ二キロの間、路盤は車道に転用されている。
 正面の斜面から降りてきた。
 少し進んで振り返った所。ここで勾配率が変わっているため、ここからが本来の路盤なのだとわかる。
 F
 そこから少し進むと、水が落ちる音が聞こえる所に着く。そこは谷を橋で渡る所なのだが、すぐ見えるところに小さな滝があるのである。もっとも写真からも分かる通り、橋というよりは暗渠と言ったほうが正しいだろう。
 なお、軌道跡は車道のところよりも川手を通っていたようだ。
 なぜかと言うと、その先に画像のような橋台が残るからである。当初は車道化によって飲み込まれたと思っていたが、塗り固められた状態ででも残ってさえいれば儲けモンと思い、下へ潜り込んだら別のところに残っていたという次第だ。
 なお、終点側は見つけられなかった。疑定地はここだ。車道に近いため、こちら側は破壊されてしまったのかもしれない。
 G
 しばらく進み、樫山第一橋まで来た。
 周囲はご覧のように切り立っており、全く、気違い染みた所に軌道を作ったものだと思った。
 なお、橋の下に軌道時代の名残は無い模様。
 H
 1キロ地点を通過した。これは車道の起点から一キロという意味である。
 1キロ地点からすぐ目と鼻の先、目の前に急坂が現れた。軌道跡にしては坂がきつすぎる。地図にないヘアピンでもあるのかと期待してみたが、そのような痕跡は見つけられなかった。現役当時はどうなっていたのか知りたいと、強く思った場所の一つになった。
 I
 更に進むと、またもや橋が掛かっていた。銘板は見なかったが、こちらが第二橋だろうか。
 マジキチと言わざるを得ない。まったく、ご先祖様もすさまじい所にレールを敷いたものだ。こんなところで横転でもしたら一巻の終わりだろう。そして、それをまた車道化しなおした営林署や建設会社も、頭のネジが外れていそうである。
 こんな変なものも見つけた。一見ただのオーバーハングだが、なぜかあんなに高いところにある。木材を満載したトラックが通るにしても、あそこまで高くしなくても良さそうなものだ。実は、この少し手前に車道が少しだけ下っているところがあった。ひょっとしたら、この部分はすこし掘り下げられていて、本来よりも下がっているのかも知れない。奥に見える坂も勾配がきつかった。
 J
 2キロ地点通過。
 集材用のものらしき重機が止まってた。来るたびずっと同じ場所にあるので、今は動かしていないのかもしれない。
 三キロ地点が近づいてくる頃、画像のような看板が現れる。かつてこの付近で銅の採掘が行われており、これはその様子を伝えるものだ。軌道は木材だけでなく、鉱石の搬出にも活躍していた。
 K
 銅山の看板から少し行くと、周囲の木々が伐採されて開けている場所に出る。
 そこで谷底を見ると、川辺に石積みが残るのが見える。あれが鉱山の遺構らしい。ここから軌道探索は新たなステージへ突入していく。これはその目印というわけだ。

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