伊尾木林道八ヶ谷襖線

   伊尾木林道には大小様々な支線が存在するが、一番短かったのがこの八ヶ谷襖線だ。現時点で、この八ヶ谷襖線というのは仮称である。いつもお世話になっているSNAKE氏によると、林業従事者は一つの山を細かく区切り、その一つ一つに名前をつけていた。その境界線は現在でも林班に受け継がれているようだ。烏帽子ケ森の北の一体は八ヶ谷襖山と呼ばれており、この路線の仮称もそれに因んでいる。この八ヶ谷襖線(仮)は延長がニキロを切るこじんまりとした物件である。別役線の調査中、対岸から石積みの路体をみつけ、長らく謎の存在であった。廃村か地図上で確認できる神社へのアクセス路じゃないかと思っていたが、それが別役線の支線であるのを知ったのは、2013年頃にSNAKE氏の運営するサイト(森の轍)で路線図が公開されてからである。竹ヶ峯地区の南にて別役線と分岐し、伊尾木川の支流(多分八ヶ谷というのだろう)沿いの標高550m付近まで伸びていたようである。短い路線だが、中程につづら折れがあり、延長も二キロに満たない短さゆえ、気軽に楽しい探索ができるのではと期待していた。そして、それは確かに楽しくなくはなかったが、楽な探索と呼ぶには程遠いものだった。

 A
 別役線より分岐する。場所は別役線13のE地点
 しばらく車道化されており、特に遺構は残ってないと思われる。この道は別役線の調査のために何度も通ったが、その当時は軌道跡だとは露ほどにも思っていなかった。
 しばらく進み、別役橋の手前。嫌でも眼に入る所に崩れた切り通しのようなものが見えるが、これは軌道の遺構ではないようだ。というか、実は切り通しですらない。
 この切通のような所を登ると・・・
 このように平場に出る。昔の空中写真を見ると、この場所に何らかの建物が建っていたことがわかる。営林署の建物かもしれないし、普通の民家かもしれない。更に時代を遡ると、この付近に零細鉱山があったらしく、その関連かもしれない。
 切り通しならば出口になっていないといけない部分。実際のところ、出口にはなっておらず、眼下に平場が続くのを見下ろすだけである。
 B
 別役橋。ここから路体が単体で現れる。
 車道化の際に嵩上がされているらしく、車道より一段下がったところに平場がある。車道と軌道跡の間には大きな段差があり、降りたら戻れなくなるのではと思った。しばし閉塞感を味わったが、幸い足がかりになりそうな岩の出っ張りがあった。
 それじゃあ本番逝ってみようか。
 状態はすこぶる悪いようだ。初っ端から滑ったら終わりの蟻地獄状態になっている。比較的川が近く、いざとなったら下へ逃げられるのが救いだ。
 振り返ってみる。まだ別役橋が見えている。
 ここで河原に落ちている廃レールを見つけた。
 少し進んだが、状況は依然悪い。さっきよりも傾斜が急な蟻地獄が行く手に待ち受けている。始まったばかりなのに随分飛ばしてんなーって感じ。マトモな路盤は残っていないのか?
 蟻地獄はまだいい、路盤の欠損なんかになると、難易度は大幅に跳ね上がる。この場所は正にそのようなところで、滑りはじめたら止まれる気がしない。
 斜面の向こうには切り通しが見えており、ゴキブリホイホイの餌のように、訪問者を強力に誘惑してくる。
 右の少し岩肌が露出している所を伝って行けないかと考えたが、河原がすぐ下に見えているし、降りて河原を行くほうが懸命だ。わざわざリスクが高い方を行く必要もあるまい。
 いざ下ってみると、これに意外と手こずり、五分かかっている。
 で、平場に復帰。切通を反対側から見る。
 同地点から進行方向を見る。地質が悪いのかな? 森の轍で公開されている資料によれば、八ヶ谷襖線の廃止は昭和41年だそう。これは伊尾木林道の中でも最後まで残った部類であるが、この荒廃ぶりはもっと早い時期に廃止され、長年の風雨に曝されてきた成れの果てを見ているかのようだ。
 ここはいくらかマシな方だ。あくまで比較的である。伊尾木全体で見れば、八ヶ谷襖先はかなり状態が悪いといえる。現時点で未探査の仙谷線を除いて、暫定ワースト一位だ。
 ふと右を見ると、石積みの大きな擁壁が残っていた。延長のほぼ中間地点に、つづら折れがあることが事前情報で明らかになっており、そろそろ現れるだろうと予測していた。
 これまでの状態を見るに、このまま下段を歩き続けてもいいことはないだろうと思い、いきなり上段に逃げることにした。上段中段下段、共に近い位置に存在しており、上段からでも下二つの状況を把握することは難しくなさそうである。
 C
 第二ヘアピン跡を見る。既に斜面に戻っている。上段がこんな有様だから、下段の状況も推して知るべしといったところ。
 ヘアピンを過ぎた所を小さな沢が横切っている。大雨の時に削られたのだと思うが、ごっそり路盤を持って行かれている。上段はかろうじて路盤が残っているが、中段以下は飛び石のようにしか残っていない。早めに上に逃げて正解であった。
 見上げる。・・・・・長居は無用だ。
 行き過ぎて振り返る。右下の一段下が中段。
 つかの間の平穏を見せる軌道跡。この付近は若干傾斜がゆるく、地形図でも等高線の幅が若干疎になっているのが読み取れる。
 そんな所に変な箱が残っていた。
 右側面に小箱がくっついている。ケーブルが引き込まれていることと鍵穴が存在することから、電力を必要とし、なおかつ、いくらかのセキュリティーが求められるものだということはわかったが、一体何の用途に使われていたのか、その結論は出せなかった。地形のゆるい所に置かれていたのは偶然ではないだろう。丁度中間地点にも近いし、ここは何か中継地点だったのだろうか。
 やがて、左下に大きな溝が現れる。中段が通る切通だ。
 中段で一番状態がいいのはこの切通の中だろう。
 D
 第一ヘアピンは切り通しを過ぎてすぐの所にあったようだ。
 しかしちょうど、ヘアピンの中を一本の沢が流れており、周囲一体がひどく崩壊していた。
 残る路体も、何やら異様に幅が狭い。石積みが残っているので、当初からこの幅だったようで、片桟橋になっていたのだろう。
 風化しなだらかに盛り上がった切り通しを抜けると・・・・
 終末に一歩近づいてきた感じが強くなってくる。実際、ここいらで終わっていたんじゃないかと何度も思った。しかし、路線図の示す終点には程遠い。
 E
 やがて伊尾木川沿いから支流に入る。ちょうどそこから川へ向かう坂道が分岐していた。後にコレが役に立つ事になる。
 久々に現れた状態の良い区間。周りの状況が状況なだけに、大してこの状態は長続きしない。そしてそこを過ぎると・・・・・
 F
 ・・・・・おい、またかよ。さっきからまともに歩けないぞ。
 「・・・・・ここへ来い」そう訴えかけているのか。いや、挑発しているのだ。
 あいにく、危険に真正面から突っ込んでいくほどの無鉄砲ではない。E地点に戻り、下へ続く小道を通って河原に降りることとした。
 二回目の川。ただし、一回目は伊尾木川で、今歩いているのは支流である。地形図に記載されていないので名前がわからない。
 橋台のした。
 首を洗って待ってろ。
 河原に墜落したレールが行き先を指し示すように横たわっている。
 やがて、水量の多い滝に差し掛かった。この横が傾斜がゆるくなっており、よじ登るのに良さそうだ。
 ここにもあるある。
 登ってみると、ここでも頭上から流れてきた土砂によって、平場は斜面に戻されていた。
 滝の上。水に洗われている場所の路盤は崩壊している。そしてそこに覆いかぶさる倒木。ここを越えてゆくのを面倒だと思ったのか、何を考えていたのか、自分はここでUターンしている(あれ、さっき首がどうのって・・・・・)
 この痛恨のミスにより、完全制覇を逃すことになったが、格別に珍しい物があの短い区間にあるとも限らないし、いつまでもこだわらないことにした。たまには割り切ることも必要でしょ? ね? ね??
 先ほどの斜面を境に、跡地の状況が総じて良くなった。斜面の向きのせいだろうか。
 途中、斜面を登っていく小道が分かれていた。集落跡でもあるのか?
 H
 ここは荒れているように見えるが、斜面の傾斜がゆるいため、見た目よりも歩きやすい。
 終点が近づいてくる頃、川手に一本の線が現れた。これは石垣だが、内側が沈下したか何かで、石積みの部分が迫り上がってきたように見える。
 終点を前に細くなってしまっている路盤。そこを通過すると・・・・
 不意に前方が明るくなり・・・・
 I
 幻想的な風景にたどり着いた。
 不自然に傾斜のゆるい斜面に、白い花をつけた低木が一面に広がっている。開けた場所にもかかわらず、藪化しておらず、あたり一面苔に覆われている。
 幻想の素。なんという植物だろう。
 斜面の中ほどに一筋の沢が流れており、平場はここで途切れているように見える。しかし、路線図の示す終点にはまだ至っていないようだ。
 沢を越えたところには建物の基礎が残っている。事業所跡か作業場跡と考えられる。レールはどこに敷かれていたのだろう。沢には橋台の痕跡がなかった。可能性としては、山手の方にあったのが破壊されたか埋まっているかだ。その場合、建物と山の間を通っていたことになるが・・・・。
 平場をどんどん突き詰めていくと、やがて川に突き当たり終わる。
 J
 突き当りから敷地全体を見る。この付近は森に還りつつあり、幻想感は感じない。軌道の痕跡を直接示すものも見当たらない。当初から存在しなかったか、建物を作るために廃止前に末端の軌道を剥がしたか、どちらかだと思う。「ここが潮時かな」そう思った時だった。
 
ガサ・・・・・ガサガサ・・・・・ブフォ!
 あ、野生の猪だ。こんなじっくり見たのは初めてだよ(白目

 あ、目があった(滝汗

 ε=ε=ε= ┌(;´゚ェ゚)┘撤収!

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