滑床林用軌道跡5


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説明  軌道はまた、長い平坦区間に入る。予想される距離は2キロ程度と思われる。この区間には梅ヶ成峠があり、終端には谷間へと一気に下るインクライン(滑床インクライン)がある。
説明  90年物(諸説あり)の軌道跡。結構風化が進んでいるようで、だんだん平場が斜面と同化しつつある。
説明  これは余談だが、六角堂や梅ヶ成峠がある稜線には行政境が走っている。つまり一瞬だけ鬼北町に入る。と言っても、特に何か施設があったわけではないし、鬼北町も町内に森林鉄道があったことは気にしてなか、最悪把握していないかもしれない。
説明  石積み。麓で見た石積と比べると、有り合わせの石で作ったみたいで、なんだか雑だ。麓から整形された石を運んでくるのも大変そうだし、現地調達し石で組んだのかな。
説明  落石が通せんぼする軌道跡。
説明  ところで、これまでインクライン等で分断されている軌道は、下部軌道、中部軌道、上部軌道と区切ってきた。しかし、ここはどう呼べばいいだろう。目黒川(滑床渓谷)沿いに降りたあと、もう一度山を登るので、同じ呼び方だと区別がつかない。第一区間、第二区間・・・としようか。いまここは第三区間である。索道と第三インクラインの間はの軌道跡は短かったので無視していいだろう。
説明  石積み。
説明  登山道の一部として利用されていた(?)第一区間と比べ、やはりこっちはだいぶ自然に還っている。それに、この区間には登山道が並行して、一般のハイカーはそっちを通るので、この道にもはや利用者はいない。
説明  それから程なく大きな欠損がある。この区間では1番か2番くらいに大きかった。幸い大きな迂回は必要なかった。
説明  石積みの道が続く。
説明  なんかすっごい緑。
説明  軌道の上に石積みが見える。たぶん、明治期の林道だと思う。冒頭の導入部の記述の通り、軌道が開設される前に、徒歩の林道が建設されている。現地調査に入る前は、その徒歩林道を軌道に転用したんじゃないかと予想していたが、どうやら外れだったようだ。
説明  なお登山道は、軌道跡とも明治の林道とも別物で、猿のコルを通る道である。地形図に破線で描かれているのがそれだ。「滑床の自然と探勝」によれば、江戸中期以降に櫨ガ峠(現在の猿ノコル)へ続く山道が新設され、それが天保時代に万年橋に降りる道になったそうだ。つまり江戸時代の道の生き残りだ。この斜面の上下十数メートルの間に三世代の道が犇めいていて、歴史がすし詰めになっったディープなスポットになっている。
説明  しばらく行くと、だんだん植物の勢いが強くなってきて、雰囲気が変化したように感じた。
説明  この付近も路面の風化が強く、軌道跡は撫肩になっていた。
説明  斜面の上には稜線が見えた。峠も間もなく着きそうだ。
説明  峠に着く直前の藪。この近辺では一番きつい。
説明  その藪を突き抜けていくと、道が曲がり、山に切れ目が入っているのが見えた。
説明  梅ヶ成峠着。切り通しになっているので、天保の道や明治期の林道よりも目測で5メートルくらい低い。一部が埋没しているので、昔はさらに低かったと思われる。
説明  手前の小さな崩落を越えると、両側が石積になっているのが見えた。奥の方にも小さな崩壊があるが、苔が生えておらず、比較的最近の崩壊であることが伺える。ひょっとしたら2024年4月のの豊後水道地震のせいかもしれない。この探索は5月の頭のことで、発災直後と言ってもいい時期だった。(ちなみに第一回の探索は23年暮れ。)この地震はその後も数ヶ月ほど余震が観測され、何なら探索当日にも余震が感じられた。震度2程度だったらしいが、地面が揺れ、どこかも分からない山全体が不気味な唸りを上げるのは、なかなかに緊張感を感じられる体験だった。
説明  2つ目の小崩壊を乗り越えていくと、奥の方にきれいな平地が見えた。
説明  それは峠周辺に張り巡らされた登山道である。毛山や高月山、滑床渓谷や成川渓谷に降りる道が峠に集まり交差しているのである。軌道は切り通しを抜けたことで、再び宇和島市に入った。分水嶺を越えたと同義であり、ここはもう太平洋側である。宇和島市の市域が、険しい山を越えて山の裏側にまで広がっているのは、かつて滑床が宇和島藩の所領だった名残のようだ。
説明  こんなに登山道から丸見えの位置にあるので、滑床の林鉄遺構ではそこそこ知られているらしく、某"山地図"や"山記録"にはこの切り通しに触れた登山記録がちょくちょく出てくる。と言っても現地には案内看板などはないので、滑床周辺の山を長く愛した岳人なら知っているという感じだろうか。
 ちなみに「松野町文化的景観調査報告書-目黒の農山村景観-」の「第8章 目黒地域の暮らしと生活文化」のP.222。図 8-2-9「現在の梅ヶ成峠インクライン跡」とあるのは、梅ヶ成峠の切り通し跡(ここ)の間違いである。
説明  南の斜面の下には広い道が見える。滑床林道(車道)である。軌道の後継路線だ。専用林道なので一般車は入ることが出来ず、軌道跡調査に使えないのが残念だ。いや、許可が下りれば通れるかもしれないんだけど、たぶん鍵を宇和島署まで取りに行って返却もしないといけないので、その分歩いてもあまり能率が変わらなさそう。
説明  軌道跡は峠を越えても微勾配で登っていく。トロッコは自重で坂を下ってくるので、峠を越えても上り調子なのだ。高月山への登山道は、軌道跡を利用しているかと思ったら、早々に一人旅に行ってしまう。短い付き合いだった。
説明  インクラインへ続いていく軌道跡。登山道が分かれてから少しの間は綺麗だったが...
説明  程なく荒れはじめる。
説明  と言っても極端にひどく荒れていると言うほどでもなく、灌木の間を縫いつつも止まらずに進んでいける。
説明  たまに倒木や転石はあるが、
説明  平場は途切れることなく続いてゆく。

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