滑床林用軌道跡3


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説明  だんだん山の傾斜が急になっていく様子が感じられる。
説明  石積み。斜面が濡れているので、少し水が流れているようだ。
説明  石積み。斜面が急になると、それだけ構造物の規模も大きくなってくる。
説明  山肌に狭い道が伸びていく。日本の狭い山道を、改造ハーレーが駆け抜けていた。想像するとシュールだ。車のなかった時代、アメリカンバイクの主張の強い排気音は、麓の方でも目立っていたに違いない。
説明  辰野川の源流付近。この付近は山の傾斜が急で、結構な山にいるような気がするが、今のところ、まだ宇和島市街に面した山にいて、時々町並みが見える。しかし、初っ端のインクラインで標高250mぐらいまで登ってきているので、進んだ距離の割に高いところにいる。というのは確かではある。
説明  この付近では一番大きいと思われる石積み。高さも奥行きも申し分ない。
説明  宇和島の町並みが見える。市役所の東側の大きいマンションが見えているっぽい?
説明  まだまだ伸びていく軌道跡。
説明  岩山を削った軌道跡。やっぱり土の斜面より路面がきれいだ。
説明  やがて大きな山道と交差する。
説明  交差点には木製の案内が立てられている。ここまで、やけにきれいな道だなと思ったら、軌道跡の全部または一部は、どうやら登山道として利用されているようだ。
説明  交差する道も、かなりハッキリとした道筋になっている。
説明  やがてヘアピンカーブ状の急曲線で尾根を回り込む。この尾根は大引尾根と呼ばれ、明治中頃に林道が新設されるまでは、滑床へのアクセスルートとして重用されたようだ。一般知名度は低いかもしれないが、鬼ヶ城山系をホームにしているハイカーには馴染みの道のようだ。
説明  なお、尾根の反対側にも軌道跡を貫通する道がある。古地図を見るに、和霊小学校の北に出る古い道があったようだ。宇和島周辺の山は複雑なので、色んな所から山道が伸びていたようだ。
説明  更に進む。道の両側はシダ植物が繁茂しているが、路面はスッキリして歩きやすい。下草を刈るなど管理が行き届いているように見える。この先のスーパー林道から山へ入る人のために、軌道跡が登山道として整備されているようだ。
説明  それから、地面に規則正しく石が埋まっているのを見つけた。軌道時代の石積みだと思う。車道に転換するため埋められ、拡幅されたのだろう。
説明  やや心許ない道幅だが、軽トラくらいなら通れそうな気がする。
説明  途中、両脇からの藪の侵攻で道幅がだいぶ狭くなっているが・・・
説明  そこを抜けると道幅が広がり、ハッキリ轍が残っている道に出る。林道側から車道が通じているようだ。
説明  整備されたきれいな林道が伸びる。入口はゲートで閉ざされていて一般車は入ってこられないが、定期的に関係者が通行しているようだ。この日は害獣駆除の猟友会が山に入っていた。たまに山の中で会う事があるので、自己アピールは大事。
説明  道。
説明  道の端に石積みが残る。
説明  やがて前方にゲートが現れる。
説明  スーパー林道に出た。
説明  そこから少し、車道に転換された区間が続く。
説明  しばらく行くと、若山橋をわたる。 銘板には昭和四十四(1969)年竣工とある。滑床林道の残存区間と八幡山線が廃止されたのが三十九年なので、5年ほどで車道化されたようだ。そして、若山橋を渡ったところが、第ニインクラインの下端である。
説明  冒頭の導入部の記述の通り、近年まで峠越え部分の台長が見つかっていなかった(と思われる)関係で、インクラインの位置がわからなかった。しかし赤色立体図を見ると、橋をわたって少し左へ曲がったところから斜面を登る溝が始まっているのが確認できる。
説明  しかし実のところ、探索当時はまだ赤色立体図の存在は知らなかった。なので写真は結構適当。実際は左の小屋のあたりを登っていたと思われる。
説明  なおインクラインの向き的に、若山橋の下流に橋が架かっていたのではと思える。しかし、自分が確認した限りでは、そのような痕跡は見当たらなかった。インクラインは次回。

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